アタリショック
アタリショック(英: Video game crash of 1983)とは、1983年にアメリカで起こったビデオゲーム業界の大規模崩壊事件です。
日本での通称は「アタリショック」ですが、アメリカでは「Video game crash of 1983」と呼ばれます。
日本で「アタリショック」と呼んだのは玩具卸問屋の親睦団体である「初心会」であるとされています。初心会が中心となり同様の状況に陥らないようにゲーム会社や小売店に対して供給バランスをとる活動したとされています。
発端と経緯[編集 | ソースを編集]
1982年末のクリスマス商戦を境に、Atari 2600(VCS)をはじめとした家庭用ゲーム機市場で大量の低品質ゲームソフトが氾濫し、消費者の信頼が急速に低下。著名な失敗作(例:『E.T.』『パックマン』のAtari 2600版など)や、ゲーム作りに不慣れな企業による「クソゲー」の供給過多も大きな要因となりました。
主な要因[編集 | ソースを編集]
- サードパーティ開放による、質の低いソフト乱発
- 売れ残りソフトの大量発生(返品不可能な在庫処分が多発)
- 誤った需要予測によるカートリッジ大量生産・過剰在庫
- パソコン市場の台頭、他プラットフォームとの競合
結果[編集 | ソースを編集]
- 市場規模は1982年の約32億ドルから、1986年には1億ドルまで落ち込むという壊滅的な縮小
- ゲームメーカーや関連企業の多数倒産、アタリ自身も巨額赤字で事業分割・消滅状態に追い込まれた
- アメリカでは、テレビゲーム自体が「一過性のブーム」と見なされる深刻な危機を迎えた
- この事件の所為で、アメリカのゲーム市場がほぼ消滅状態に陥り日本産ゲームが流入したことで、MicrosoftのXboxが発売されるまで実質的に日本ゲーム機至上の場外乱闘状態となった。
象徴的な出来事[編集 | ソースを編集]
- アタリが売れ残った『E.T.』等の在庫数百万本をニューメキシコの「ビデオゲームの墓場」に埋める騒動が発生した。
- ソフト値崩れで、当時5,000~7,000円だったゲームが数百円まで暴落。