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コーエー史観
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=== 日本の戦国時代([[信長の野望]]的史観) === ;初代 *乱世状態は中部地方と近畿地方のみ。その他の地域は[[平和]]であった。 *[[斎藤義龍|斎藤]]は速攻で滅ぼされる。 *[[本願寺顕如|本願寺]]の本拠地は加賀越中だった。 *旧国名は三河(みかわ)などより24国など番号で呼ばれた。 *数年内政に徹すれば、一国で年間800万人分の食料を生産できた。 *[[農民]]達は一度年貢率が下がれば後で元通りの年貢率になろうと喜んで多めに[[年貢]]を収めた。 *[[一揆]]や[[謀反]]等は戦国時代には存在しなかった。'''[[本能寺の変]]…?とは何ですか?''' *[[合戦]]においては[[士気]]と[[武装]]が全て。よって[[大名]]達は[[兵士]]の待遇改善に必死であった。 ;全国版 *戦っていたのは[[大名]]。[[武将]]は架空の存在。 *大名の死後は入札制で後継者を決めた。 *[[兵士]]達は自分たちで仕切るのが嫌だったようで、[[小学生]]を[[大名]]に担ぎ上げる事もあった。 *最北方は過疎地だったようで、[[蠣崎義広|かきざきよしひろ]]君(11歳)と[[南部晴政]](62歳)から独立した、[[津軽為信|つがるためのぶ君]](10歳)が頻繁に合戦を繰り返した。 *[[本願寺顕如|本願寺光佐]]の本拠地は加賀だった。 *[[大友宗麟]]は一条兼定よりも魅力、知能で劣っていた。 ;戦国群雄伝 *東北地方と九州は平和であった。 *[[兵士]]は全て領民から[[徴兵]]されていた。 *一[[大名]]の[[米]]取引で相場が動く。米と金の取引を繰り返すと両方とも増加して[[大名]]はウハウハ。 *兵科は各武将ごとに固定されていた。 *[[忍者]]武将は政治力が低いので行動力がたまらず、生まれた土地から動けない。 *合戦に負けて領国がなくなった場合、大名はどんなに助命嘆願があっても必ず有無を言わさず斬首された。 *大名や城主の行動力が一定量残っていないと、どんなに防御側の兵力が上でも無条件で敗北となる。 *'''織田家・徳川家・武田家は弱小大名共々早晩滅ぼされる運命であった。''' **よって[[三英傑]](さんえいけつ)は存在せず、代わりに存在するのは[[豊臣秀吉]]のみのOne英傑(わんえいけつ)であった。 *[[足利義輝]]がいつの間にか勢力拡大していた。 **なお[[足利義昭]]は義輝の兄扱いな上に義輝より先に死ぬので足利義輝の後を継ぐことはほとんどない。 *上杉景勝、北条氏政、武田勝頼、毛利輝元の四人は織田信長に降伏するヘタレである。 **なお、織田信長、徳川家康、長宗我部元親は降伏しないが、死後、信忠、秀忠、盛親が後を継ぐと降伏する。 ;武将風雲録 *戦国大名の収入の大半は米売買による利益だった。 *合戦の本陣は、城の本丸並みに頑丈に設営されていた。 *鉄甲船は通常の船の2倍ほどの速度を出すことができた。装甲はほとんど無かった。 *武将たちは、同じ[[茶器]]を代わる代わる使うことによって連帯感を高め、主君への忠誠心を維持していた。 *年貢の取立ては非常に厳しかった。'''土地によっては10公0民という割合もあった。''' *[[今井宗久]]は兵士の紹介業もおこなっていた。世襲制のため、決していなくなるという事はなかった。 *大名が滅んだ際、所持している茶器を与える者がいない場合は有無を言わさず[[今井宗久]]に没収される。 *[[ルイス・フロイス]]は本願寺光佐の所にも、キリスト教の布教の許可を求め、訪ねてくる。 *合戦に負けて領国がなくなった場合、大名はどんなに助命嘆願があっても必ず有無を言わさず切腹しなければならなかった。 *遊牧民族や傭兵のように領土を定めず合戦で移動して回る勢力がいたが、高確率で上杉謙信の一人旅プレイとなる場合が多い。 *鉄砲隊の数を10000(ゲーム表記は100)にすると史実ですらなかった三段撃ちどころか五段撃ちが出来る。謙信も信玄もこれを食らうと蜂の巣である。 *鉄砲は恐怖の兵器だったようで、100人の鉄砲隊による射撃で武将が射殺されただけで率いていた兵士10000人が逃亡したという逸話も… *富山の薬売りが営業に来ることがある。「お安くしておきますよ」と言っているが実は試供品なので無料で薬をくれる。貰わないのは損である。 **富山の薬を服用すると行動力が200になるが、服用した大名だけでなく、薬を飲んでいないはずの領民にも疫病予防などの効果を発揮する謎の代物である。 *鉄砲闇商人も営業に来ることがあるが、驚異的に安く鉄砲を買える。ただし、不良品も混じっているため中国製の鉄砲であると思われる。 *[[本願寺光佐]]が天下統一しても「本願寺幕府」が開かれる。 *[[陶晴賢]]は当主に迎えた[[大内義長]]をも裏切った。 *[[中野宗時]]、[[最上義光]]、[[鍋島直茂]]は[[茶器]]を与えても、娘を嫁がせても、兵が0でも、国を委任した瞬間に裏切る。 *太平の世が訪れたのは、戦国武将がいなくなったためだった。 ;覇王伝 *[[天下統一]]はルーチンワークの繰り返しで面倒。 *[[松永久秀]]が戦場について五秒で裏切った。 *[[長宗我部元親]]・[[鈴木佐太夫]]・[[石田三成]]は似たもの同士であった。 *本願寺は神保家や能登畠山家でも滅ぼせる雑魚勢力であった。 **そのため一向一揆はほとんど起こらなかった。もし、一向一揆が起こった場合でも被害は一つの城周辺のみだったので大したことはなかった。 *[[征夷大将軍]]は一代限りの最上級の官位であった。 **そのため代替わりするたびに朝廷に大量の金を何度も献上しなければならなかった。 *弱小大名でも開始直後の備蓄金でに兵を雇うだけで軍事大国となり、容易に地方統一が可能であった。 *武将が'''気合い'''を入れて仕事をするだけで、農民の開墾や経済成長の速度が倍増する。 *奪った土地に他国の武将の知行地があった場合、縁もゆかりもないその武将に知行を払ってやらねばならない。 **他の方法も一応あるが、家宝と官位は高嶺の花、一字拝領は一回限り、金と感状だと効果が薄いので'''結局知行を払う事になる。''' *合戦や外交、政治が行えないのは'''気合い'''が足りないためである。'''気合いが足りませぬ''' *捕まった武将が'''「命だけはお助けくだされ」'''と命乞いをしたので仕官するかと尋ねた途端に'''「斬るが良い」'''と態度を180度変えることがあった。 **その後斬首すると「無念…」とのたまった。 *合戦に負けて領国がなくなった場合、大名はどんなに助命嘆願があっても必ず有無を言わさず「介錯を願おう」と言って切腹しなければならなかった。'''「介錯を願おう」''' **しかも降伏させることも一切できないので'''大名が減るたびに「介錯を願おう」を聞かされる。''' *武将は大名から一度[[偏諱]]を受けると、その名を返上することも、他の大名から偏諱を受けることもできなかった。 *日本中の野戦は何処でも大体同じ形だが、籠城戦になると個性的な地形になった。 **しかし籠城戦は攻城側の特攻が最も有効な手段であるため、ほとんど意味をなさなかった。 **しかも城に武将がいないとどんなに防御側の兵力が上でも援軍を出すことすらできずにあっさり降伏し落城した。 ;天翔記 *西国統一上がりの精鋭なら大丈夫だろうと思っていたら同じような戦闘力の[[南部晴政]]率いる上杉=武田二重帝国軍に襲われた。 *元服から季節制1ターンの間に[[織田信長]]が暗殺されて倒れていた。 *門がぐにゃりとしたので不審に思ってみると内応者が転がっていた。 *[[立花道雪]]率いる大友家が東国を統一したプレイヤーに突っ込んでプレイヤーが倒れた、というか倒れた中でこちらの優秀な武将を暗殺していく。 *城が[[最上義光]]に襲撃され、武将も'''大名も'''全員暗殺された。 *軍団長任命から評定までの行動力回復の間に軍団長が独立した。 *合戦は一ヶ月の間にどれだけ多くの城を落とせるかという[[エクストリームスポーツ]]であり、落城手前で攻城側に兵糧にどれだけ余裕があっても一ヶ月の制限時間が過ぎたら兵を引き上げなければいけなかった。最後の5日間はBGMが変わるが、現代風にいえば[[24時間テレビ]]のマラソンの終わりのほうで流れる[[ZARD]]の「負けないで」のようなものである。 *プレイヤーの1/3が暗殺被害経験者。しかも優秀な武将は元服直後弱い設定となっているから「有名人ほど危ない。」 *「そんな危険なわけがない」といって出て行った[[斉藤道三]]が、5分後内応に応じて敵として戻ってきた。 *「弱ければ暗殺されるわけがない」と手ぶらで出て行った[[今川氏真]]が、あっさり暗殺されて戻ってきた。 *戦場で暗殺にあう確率が150%。一度は野戦で襲われて、籠城戦でまた襲われる確率が50%の意味。 *天翔記における暗殺事件による死亡者は1日平均120人、うち約20人が返り討ちにあった暗殺者。 *どんな田舎の小大名でも、金と手間を掛ければ関白になれた。 *足利義晴、義輝、義栄、義昭のどれかが大名で天下を統一すると足利幕府初代将軍になる。足利義尚以降、室町幕府は滅亡していたという史観だと思われる。 *家宝を披露してトーナメント形式で家臣に腕前を競わせようとすると、呼んでいないのに文化人、茶人、剣豪が勝手に参加する。彼らは優勝しても商品を手元におく事はせず、即座に商人に売却する。 *[[大宝寺澄氏]]は[[大宝寺義氏|義氏]]の父だった。 ;将星録 *[[大筒]]はただの脅し。 *[[騎馬鉄砲隊]]最強!! *後ろから攻撃されたらどんな名将でも大混乱の末、潰滅。 *諸大名は箱庭造りが大好きだった。 *足利義輝はどんな硬い城門も一瞬で破壊することができた。 ;烈風伝 *16世紀後半の日本は驚異的な土建屋国家であり、諸大名は何よりも[[土建]]に必死。 *土建次第では[[北海道]]から[[鹿児島]]まで一ヶ月で輸送可能に。 *帰雲採掘場。 *日本中の支城は何処でも大体同じ形だが、春日山城になると巨大なラビリンスだった。 *うっかり楽市楽座を建設した大名はその後徴兵などを行っていないにも関わらず一つの城に'''50,000人'''の兵士の山を抱えることになる。 **楽市楽座は[[ソビエト連邦]]と同じような畑で兵士が収穫できる装置と思われる。 *十字架を持っていると雷が落とせた。 *嫡男より架空の姫武将の方が十中八九父親の血を引いていて強かった。 *家宝で底上げされた能力は遺伝した。(姫武将に限る) *佐竹家の[[小野崎従通]]が額田照通という分身を作っていた。 *初回シナリオで最上家は開始2年後に[[上杉謙信]]に攻められて滅亡する。足利家も六角家によって滅ぼされた。 *誰も武将が居ない城に攻め込むと、律儀に足軽が城を守っていた。その足軽は全員一門衆。 **そして、時にその足軽はそこらの武将より能力が高かった。 *本城を攻め落とせば大名は簡単に滅ぼすことができた。 *本願寺家以外の勢力を選択すると、日本中に野党のような一揆勢がウロウロする様になった。 **何故か本願寺を選ぶとその恩恵にあずかることは出来なかった。 *努力に努力を重ね、支城を立てて発展させてから廃城するという行為を繰り返せば、現代よりも隅々まで発展した国づくりが可能だった。 **ただし、収入は城の周辺だけにしかなかった。 *万単位の軍勢の前に二千程度の敵軍が立ちふさがったため、楽勝だろうと戦いを挑むと、何故か'''敵の部隊数に合わせた部隊数しか出陣できず'''驚いて、とりあえず逃亡すると、'''残りの兵士もろとも'''全滅扱いになった。 *ゲーム開始早々、一桁台の年齢の子供が城主を任されている場合もあった。 *建設してるやつに攻め込んでも何も起きない。捕らえることもできない。要するに彼らはほぼ無敵。 *[[宮部継潤]]の正体は[[麻生太郎]]。 *武将は切腹できない。捕まるか逃げるかの二択。 *河野、里見、安東などどうでもいい奴らは時にハブられる。 *一揆の大将の能力は[[柴田勝家]]より上。 ;[[信長の野望・嵐世記|嵐世記]] *[[戦国時代]]は面白くない時代だった。 *[[天下統一]]の鍵は国人・一向宗・海賊・忍者等の[[買収]]にあった。 *乱世の厳しさを忠実に再現。 **武将が捕まれば大抵即死刑というCPUの容赦の無さ。プレイヤーに憎しみが込み上げ捕縛後の死刑競争が始まる。実はプレイヤーが捕縛武将を逃がしてやるとCPUも逃がしやすくなり、死刑にするとCPUも死刑にしやすくなるというしっぺ返し理論を忠実に実行している。 **知行システムのせいで使えないゴミ武将を追放せざるを得ないシビアさで国中浪人であふれかえり、戦国の世を忠実に再現した。 **全国各地での武将謀反・出奔・寝返りの多さ。国を失い知行が減れば即出奔の超利己主義世界。 **自勢力が少しでも弱くなると友好100であろうが容赦なくCPU大名が基地外のように攻め込んでくる義理の無さ。 **姫武将でない女は政略結婚のために生まれ、そして故郷の国と嫁ぎ先の戦が起これば自決する儚さ。戦国の女の覚悟を実感できる。 *一向宗の鉄砲隊は大名より強かった。'''理不尽なまでに'''。一向宗を皆殺しにした信長さまの怒りが良く分かる。 **信長は一向宗によって滅ぼされたという事態にも頻繁に遭遇。 **寺院は壊されてもすぐ復活した。 *暗殺は忍者を雇って行うものだった。 **毎月忍者が警備担当の武将と一騎討ちを行う。 **そして大部分の忍者は殺される。それも大量に。 *大名は絶対に暗殺されなかった。 *大名の血筋が絶えると、どこからともなく遠縁が紹介され後を継いだ。しかし、プレイヤーはこの特典は受けられなかった。 *軍団長が朝廷と手を組んで自大名を滅ぼしに来る。 *上泉信綱は鬼神の如しの強さだが、プレイヤー操作だと強さは半減以下になった。 ;蒼天録 *[[天下統一]]の鍵は外交と忍者の雇用、育成にあった。 *城主が御館様に呼び出しを喰らうと高確率で手討ちにされる恐ろしい時代だった。 *合戦は相手の本陣に着いたら勝ち、というのが武士のルールだった。 *大名が倒されると、家臣や城はすべて敵に従属するのが武士の習いであった。 *忍者が流した偽情報を信じて退却してしまった武将が無数に存在する、ハッキリ言って''守備兵置くより忍者置いとくほうが安全''。 *[[毛利元就]]でも[[斎藤道三]]でも、100人の伝令に城が攻撃されていると伝えられ続けると退却する。きっとノイローゼ気味になるのだろう。 *暗殺は忍者を雇って行うものだった。 *元服から季節制1ターンの間に[[武田信玄|武田晴信]]が暗殺されて倒れていた。 *城で足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると夜忍び込んできた他の城の武将が転がっていた。 *城がS級忍者に襲撃され、武将も大名も'''世継ぎも'''全員暗殺された。 *軽い気持ちでB級忍者30人で敵の城に破壊工作させたら、やっぱりS級忍者に皆殺しにされた。 *天下統一の為には、まったく関係のない他大名の部隊に偽伝令を送り忍者の経験値稼ぎをすることもしばしば。 *時には自分の部下を出陣させ、偽伝令を送ることも。 *忍者を雇う時には[[賄賂]]が必須で、そうでもしないと通常の倍以上の値段で一人しか雇えないこともざらだった。 *忍者の里には統領含め101人きっかりしか忍者はおらず、それ以上雇おうとすると「全員出払っている」と言われた。全員出払っている里で、統領が何をしているのかは謎である。 *川の近辺では鉄砲が撃てなかった。 *戦国大名はこぞって朝廷に取り入り、敵を朝敵に指名してもらっていた。 *どんな田舎の小大名でも、金と手間を掛ければ関白になれた(その2)。 *城を空き地にすることができず、城の武将が死に絶えると、どこからともなく先代城主の遠縁が紹介され城主になった。 *貿易を行っていたのは、主に海賊である。 *伊豆は天外魔境、暗黒空間。 *信長が生まれるまで、日本中の城には基本的に一人しか武将が居なかった。多くて二人。 *大浦政信 (1498-1541) は南部家臣。大浦城主。わがままで家臣に信望がなかった。 和徳城攻めで戦死したが、味方はその事実を知らずに退却、 帰城後に初めて主君不在を知ったという。 *[[二階堂盛義]]は目が異常に釣り上がり、口を大きく開け、まるで発狂しているかのごとし顔をしていた。 ;天下創世 *戦場は、起伏の激しい地形が多かった。 *伝説の[[武将]]は、[[軍神]]オーラを発して周囲の[[兵士]]の士気を殺いでいた。戦国三大軍神は、謙信、道雪、幸村。 *頑張れば一年で[[天下統一]]できた。しかしまるで十年はかかったような、長い期間かもしれない。 *砦、本陣、矢倉などには医療設備が完備されており、どんなひどい傷を負った人間でもたちまち治すことができた。 *合戦において敵拠点を落とした側はスーパーモードを発動することができる。 *大名の血筋が絶えると、どこからともなく遠縁が紹介され後を継いだ。しかし、プレイヤーはこの特典は受けられなかった。 ;革新 *偽報による撤退が多く、城に辿り着くだけで大変だった。 *たいまつを角に付けた牛を突入させる火牛の計で大部隊が大混乱を起こした。 *隣のバカ武将が混乱したのを見た知将もつられて混乱した。 *一等家宝が返還授与される喜びは、没収される悲しみより大いに勝る。 *三間十文字槍より、[[中国]]の苗刀の方が強い。 *[[弓]]が弱すぎるとクレームを入れると、最強の[[弓]]に換えてくれる。[[鉄砲]]よりも強力で、[[大筒]]よりも射程距離の長い[[イギリス]]製の弓。 *なお、岸和田城の弓は山を越えて勝手に敵部隊を攻撃した。 *弓や鉄砲で城門に攻撃し続けると、鉄城門があろうと四層天守があろうと、城門を破壊することが出来た。 *薩摩隼人が鉄砲を持って絶叫すると敵が混乱した。猿叫と呼ばれるこの'''技術'''は島津家の一族しか体得できなかった。 *大義名分?宣戦布告?んなもん関係ねぇ!俺たち戦争大好き!!殺し尽くせ焼き尽くせ奪い尽くせ!!!でも'''坊主が来たら停戦な'''。 *近くで戦闘があると、畑が爆発四散した。 *凡将は、寄せ集めて建設事業に従事したり、[[奉行所]]に押し込まれ特産品を集めるだけの生涯をすごした。 *[[小早川秀秋]]は、膳をこぼした小姓に切腹申し付けたところ反逆され殺害された。 *小笠原親子は甘い言葉で士官を受けると、家宝だけはぎ取られて追放されるのが常だった。 *[[大村益次郎|火吹き達磨]]が治療をするとゲームがフリーズした。 *国人衆は大名たちより遥かに兵を動員することが出来、その兵力は殆ど無限に等しかった。 *国人衆は軍勢が近づくと攻められているわけでもないのに当たり前のように攻撃してきた。 *大名の血筋が絶えると、どこからともなく遠縁が紹介され後を継いだ。しかし、プレイヤーはこの特典は受けられなかった。 *戦国時代末期には、何十万人もの兵士がぶつかりあう合戦がいくつもあった。 *武士たちは何十万の犠牲が出ようとも頑なに港以外から上陸しようとはしなかった。 *瀬戸内海では何万人もの兵士が[[小早|手漕ぎボート]]の上から鉄砲を撃ち港を襲った。小舟の上から[[三段撃ち]]も可能だったし、[[捨て奸]]も行われた。 *50万人の兵士を輸送していた凡将が平然と裏切った。 *しかし、輸送部隊に攻撃機能は存在しない為、裏切り先の大名の領土に着く前に雨あられのように城から攻撃を受けて勝手に壊滅した。 *何人もの武将たちが牢屋暮らしをしており、能力の高いものは脱獄することに躍起になっていた。 *捕らえられた武将たちは何年でも頑なに忠誠を守り続けるが、主家が滅ぶと一転して尻尾を振ってきた。 ;天道 *謙信ちゃんは女の子。 *某剣聖「今じゃ!必殺!燕飛の術!!」→御供×4「おうよ!!」→シャキーン!!→城陥落 *東北・中国地方は無人の荒野。城から城まで徒歩二ヶ月。 *技術開発は一国の資源を全て使い果たすほど膨大な資源が必要であった。鉄が要る?こないだ美濃の鉱山押さえただろうが!すいません刀狩研究するのに全部使っちゃいました、てへぺろ(・ω<) *ry)坊主が来たら停戦な! *意味不明な街の開発可能技術固定レベル。[[四国|死国]]民は生まれついての[[バカ|ヴァカ]]なんだからLv3技術とか向上とか諦めろよw *官位が無くなると公家が米を大名に持ってくる。 *大名の血筋が絶えると、どこからともなく遠縁が紹介され後を継いだ。初めてプレイヤー大名にも遠縁が現れるようになった。 *数千人の部隊が何十万もの兵士(物資扱い)を強奪する、という事件がしばしば起きていた。 ;創造 *天下統一の為には送りつけ商法しか方法がなかった。 *しかし他の大名はどういうわけか1ターン目で不戦協定を結んだ。 *三部隊までしか戦いには参加させないのが、戦国時代のしきたりだった。 *兵站なんて概念は存在しなかった。武士は黙って腰兵糧。 *京都の治安は末代。 *一揆は話し合いで案外どうにかなった。 *前田利益がまた勝手に何処かに攻め込めんでまた勝手に壊滅した。 *平手様は目を離すと切腹していた。 *城下町を焼き討ちすると兵糧を補充することが出来た。やはり「[[人肉|食料]]」は焼けば食べられるらしい。焼き討ちすると人口が大きく減るのはつまりそういう事である。 *松平元康のくっだらないボケに対する足軽の突っ込みを毎回聞かされた。 *柳生氏は分かるとしても、その他の剣豪様が国人を率いていた。 *会戦なんて面倒なものは、最初の方にほんの少しだけ行われるだけだった。 *会戦の最中に援軍が来たら、どんな戦況であろうとスタートラインに戻り仕切り直しを行う事が武士の一分であった。 *ある程度の領地を手に入れたら後は標的以外と停戦をして、標的に対しては時間差で二正面作戦を行い、それを繰り返すだけで天下統一は可能だった。 *那古屋の町を開発しても、次の月には更地になった。 *[[墨俣城]]は一夜城なんかじゃなかったし、そもそも建てたところで金がかかるだけで大した利益はなかった。 *東北の大名は道も満足に整備できなかった。 *調略なんて卑怯な真似は武士の矜持が許さなかったが、国人衆を買収することには何も感じていなかった。 **国人衆たちは金さえもらえれば、誰が来ても好感度に差はなかった。 *凡将たちはもはや使い道など残されていないが、給料が先払いの為に解雇されなかった。 *岩城親隆は久しぶりに出演できたと思ったら、何故かファイティングポーズをとっていた。 *武将特性「信長の野望」の効果は、「その野望は果てしない」。だから何?とかはない。 *武田晴信と織田信長の見分けがつかなかった。 *[[武田義信|武田さんちの長男坊]]はイベント中のセリフの中のみ、かろうじて存在が確認できた。 *織田信長は魔王に相応しいチート能力を有していた。 **魔王にふさわしく、自国の国力が充実しており簡単に攻め滅ぼすことが可能であった。 **魔王にふさわしく、イベントで''どう考えても敗北する状況''であっても勝利することが多々あった。 **魔王にr滅ぼした大名達からスキルドレイン(第六天魔吸特法 by信長)を行い「風林火山」、「謀神」、「百万一心」を身につけた。 **魔おr自らを鍛え創造性を維持したまま保守、中道的政策を実行した。 **魔r自らの力を示すべく[[琵琶湖|Biwa Lake]]に本拠地[[安土城|Castle of Azuchi]]を建設した。 **まr非業の[[勇者]]、[[明智光秀]]に攻め込まれた際([[本能寺の変|Incident of Honnoji]])には命乞いなどせずに潔く成敗された…が''もうちょっとだけ続くのじゃ'' ***環境と運に恵まれてスキルの大半がパクリ、要するに中にb ''??「火力集中!!鉄砲隊、撃ち殺せ!!」'' *…結局、何を創造するのかは分からない。 ;戦国時代観 *騎馬隊は主力兵科として実在した。最強兵種である。 *もちろん騎馬鉄砲隊も実在した。しかも最強兵種よりも強い・・・何だろう? **伊達家はこの部隊のことを竜騎兵と呼び、当家独自技術だと言ってはばからない。 *下北半島でも北海道でも米は取れたし、琵琶湖の水を引いて灌漑していた。 *[[朝廷]]はカネの亡者。官位はカネを積んでもらうもの(あながち間違いとは言えない)。 *秀吉は猿顔でもねずみ顔でもなく、意外といい男だった。 *姫たちは12歳になるまで世界のどこにも存在せず、むしろ12歳の状態で生まれ出て、その月には軍を率いることが出来た。 *寿命なんてなかった。 *[[朝鮮出兵]]なんて無かった。 *[[足利義栄|室町幕府第14代将軍]]なんていなかった。(天翔記を除く) *[[アイヌ]]なんていなかった。 *[[対馬]]に大名はもとい、人なんて住んでなかった。(天翔記と太閤立志伝を除く) *琉球王国は存在しなかった。(嵐世記の特典を除く) *室町幕府は戦国時代でも有数の強豪勢力だった。(大体義輝、幽斎のせい) *戦国時代において、大名は自害することはあっても、武将たちは殆ど生き恥を晒したし、捕らわれたところで処刑自体も極稀になされる程度だった。 **一方で名もなき兵士たちは塵芥の如く扱われ、統計上の数字として存在しているだけだった。 ;武将観 *戦国最強武将ベスト3は、[[上杉謙信|謙信]]、[[武田信玄|信玄]]、[[真田幸村|幸村]]だね! *[[織田信長]]は南蛮胴に身を包み豪壮な顔をした'''魔王'''。 *[[鈴木重秀]]は強い!(尻啖え孫市の影響) *雑賀衆はみな雑賀城に住んでいた。 *[[前田利益]]は武勇に優れすぎ!([[花の慶次]]の影響) *[[毛利隆元]]は政治手腕に優れていた([[NHK]] [[大河ドラマ]] [[毛利元就]]の影響) *[[今川義元]]は蹴鞠系ぽっちゃり武士だったが、痩せるとイケメンだった。 **息子の[[今川氏真]]は、どうしようもない屑だったが、最近内政が少しだけ出来るようになった。 *[[蒲生郷舎]]=[[横山喜内]]である。 *[[真田十勇士]]は実在した。 *[[福島正則]]は猪武者。 *[[七条兼仲]]は可哀想なぐらい猪武者。(知謀1政治2) **[[小島貞興]]も可哀想なぐらい猪武者。(知謀2政治1) *[[公文重忠]]は貧乏で正月の餅つきが出来なかったので政治手腕皆無。 *[[柴田勝家]]に内政手腕と知略なんか無い。(最近は改善ぎみ) *[[仙石秀久]]は猪武者としても半端なカス武将。([[センゴク]]もつまんねー) *[[北条早雲]]は人外生命体。やり方次第で政治が150を越えることもあった。 *さ、[[古田織部]]殿は早く茶器を寄越して辺境の城に鉄砲を運ぶ作業に戻るんだ。 *[[一条兼定]]は「ゴミ!」と捨てられるかと思いきや、安い報酬で馬鹿でも出来る仕事を延々と喜んでするため、逆に重宝された。 *[[島津豊久]]は史実で美少年とされてもフケ顔を堅持。([[ドリフターズ (漫画)]]が人気になると捏造を責められるのを恐れて、創造PKより慌てて美少年に改正) *[[浅井長政]]は肖像画が何枚あろうと断固ヤセ型。([[腐女子|腐歴女]]の支援により断行可能)
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