Intel i960
Intel i960とは、1980年代にインテルが開発した32ビットのRISC型のCPUです。
当時のコンピューティング業界におけるRISC(Reduced Instruction Set Computing)アーキテクチャの台頭を背景に誕生したこのプロセッサは、Intelの事業多角化戦略の一環として重要な位置を占めていました。
i960の歴史的背景と開発経緯[編集 | ソースを編集]
1980年代から1990年代初頭にかけて、コンピューティング業界では「RISCアーキテクチャが将来の主流になる」と広く信じられていました。
当時の一般的な事務用のパソコンにはインテルのx86が圧倒的な勢力となっていましたが、より高度な処理を必要とするワークステーション分野ではAlpha、MIPS、SPARCなどのRISCプロセッサが席巻していました。
インテルは、このRISC市場での競争に参入するためi960を開発しました。 同じ時期にAMDもAm29000を設計しRISC市場での競争が激化していました。
i960の技術的特徴と設計哲学[編集 | ソースを編集]
i960は32ビット組み込みプロセッサとして設計され、スーパースカラー実装を特徴としていました。このプロセッサの開発には、パフォーマンスを高めるための2つの主要な技術的アプローチが採用されていました:
1. トレース駆動シミュレーション:このシミュレーション環境により、マイクロプロセッサ設計におけるマイクロアーキテクチャのトレードオフを評価することが可能になりました。この方法論によって、様々なプロセスやシステム構成の下で実際のアプリケーションをシミュレーションすることができました。
2. プロファイル駆動コンパイラ技術:2パスのプロファイル駆動コンパイラ技術により、プログラムの実行に基づいてコンパイラがプログラムを最適化することが可能になりました。
これらの技術革新により、i960は当時の組み込みシステム市場で競争力のあるパフォーマンスを実現していました。また、VHDLモデルを用いた設計と検証も行われており、人間が読みやすいプロセッサ情報の表現や、インタラクティブなシミュレーション、自動結果チェックなどの機能が開発されていました。
市場での位置づけと応用分野[編集 | ソースを編集]
i960は特に組み込みコントローラ市場で強みを持っていました。最も注目すべき応用例の一つは、米軍による採用でした。米軍はJIAWG(Joint Integrated Avionics Working Group)標準において、軍用組み込みコンピュータのための2つの主要CPUアーキテクチャの一つとしてi960を選定しました(もう一つはMIPSアーキテクチャ)。
F-22ラプター戦闘機の飛行コンピュータにi960プロセッサが採用される予定でしたが、開発期間が長引いたため、実際の生産機が1997年に飛行した時点で、i960は3世代も古いものとなっていました。これにより、PowerPCプロセッサをベースとした新しい飛行コンピュータの設計が必要となり、さらなる遅延が生じました。
この事例は、軍事用途向けの長期プロジェクトとテクノロジーの急速な進化の間のミスマッチを示す象徴的なケースとなりました。JIAWGの標準によって認められたi960は、米軍が実際にその標準に準拠した機器の運用・生産を開始する頃には、すでに時代遅れになっていたのです。
i960の終焉と遺産[編集 | ソースを編集]
1990年代になるとi960は本来の主目的であった「ワークステーション分野」での不振が鮮明になりました。また、冷戦終結により兵器開発が縮小したのも影響しました。暇になった兵器開発者たちはセガのアーケードゲーム基板「Sega Model 2」などを作っていましたがそれらも大量に需要があるとはいえなかったようです。
このような状況をうけインテルはi960の開発チームをP6プロジェクト(Pentium Pro/Pentium II)に移し、より小規模なチームがi960の作業を継続することになりました。
その後、2001年頃にi960プロジェクトは正式に終了し、それ以降の開発は行われませんでした。ただし、残りの軍事供給契約が2007年に期限切れになるまで、生産は継続されていました。