「不完全にしておよそ正しくないプログラミング言語小史」の版間の差分

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== 1801 ==
== 1801 ==
[[ジョセフ・マリー・ジャカール]]が[[パンチカード]]を使った[[プログラム]]に対応した織機([[ジャカード織機]])によってタペストリーに"[[hello, world]]"と織り出す。しかし[[ラッダイト]] (当時のRedditer) たちは、[[テールリカージョン]]、[[並行処理]]、[[大文字]][[小文字]]の区別を欠いていたため、さほど感心しなかった。
[[ジョセフ・マリー・ジャカール]]が[[パンチカード]]を使った[[プログラム]]に対応した織機([[ジャカード織機]])によってタペストリーに"[[hello, world]]"と織り出す。しかし[[ラッダイト]] (当時のRedditer) たちは、[[テールリカージョン]]、[[並行処理]]、[[大文字小文字]]の区別を欠いていたため、さほど感心しなかった。


== 1842 ==
== 1842 ==
人類最初の[[プログラマー]]と言われる[[エイダ・ラブレス]]が、[[チャールズ・バレッジ]]の作った[[仮想マシン]]「[[解析機関]](analytical engine)」の[[マニュアル]]を書き、その中に記載された[[ソースコード]]が世界で最初の[[プログラム]]と言われるようになる。
人類最初の[[プログラマー]]と言われる[[エイダ・ラブレス]]が、[[チャールズ・バレッジ]]の作った[[仮想マシン]]「[[解析機関]](analytical engine)」のマニュアルを書き、その中に記載された[[ソースコード]]が世界で最初の[[プログラム]]と言われるようになる。


彼女の努力は、[[プログラム]]を実行する[[コンピュータ]]が実のところ存在しないというマイナーな問題のために頓挫した。後に[[エンタープライズアーキテクト]]たちは[[プログラム]]を[[UML]]で書くために彼女の[[テクニック]]を再び学ぶことになる。
彼女の努力は、[[プログラム]]を実行する[[コンピュータ]]が実のところ存在しないというマイナーな問題のために頓挫した。後に[[エンタープライズアーキテクト]]たちは[[プログラム]]を[[UML]]で書くために彼女のテクニックを再び学ぶことになる。


== 1936 ==
== 1936 ==
[[アラン・チューリング]]が存在しうるあらゆる[[プログラミング言語]]を発明するが、特許化する前に英国情報部員(後の[[007]])によって抹殺される。
[[アラン・チューリング]]が存在しうるあらゆる[[プログラミング言語]]を発明するが、特許化する前に英国情報部員(後の007)によって抹殺される。


== 1936 ==
== 1936 ==
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== 1940年代 ==
== 1940年代 ==
様々な「[[コンピュータ]]」が直接的な[[配線]]と[[スイッチ]]によって「[[プログラム]]」される。技術者たちがそのようにしていたのは、[[タブ]]か、[[スペース]]か、という論争を避けるためであった。
様々な「[[コンピュータ]]」が直接的な配線とスイッチによって「[[プログラム]]」される。技術者たちがそのようにしていたのは、[[タブ]]か、[[スペース]]か、という論争を避けるためであった。


== 1957 ==
== 1957 ==
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== 1958 ==
== 1958 ==
[[ジョン・マッカーシー]]と[[ポール・グレアム]]が[[LISP]]を考案する。戦後の戦略的括弧の備蓄不足による価格高騰のため、[[LISP]]が人気を得ることはなかった<ref>[[コンピュータサイエンス]]にとって幸いだったのは、中括弧と山括弧の供給は十分にあったことである。</ref>。しかしその人気のなさにも関わらず、[[LISP]] (現在では “[[Lisp]]”、もしくは“[[Arc]]”と書かれる)は「[[マクロ]]」や「[[見下し]]」といった強力なプログラミングテクニックによって影響力ある[[言語]]であり続けている<ref>Verity Stob “[http://www.theregister.co.uk/2006/01/11/exception_handling/ Catch as catch can]”より。</ref>。
[[ジョン・マッカーシー]]と[[ポール・グレアム]]が[[LISP]]を考案する。戦後の戦略的括弧の備蓄不足による価格高騰のため、[[LISP]]が人気を得ることはなかった<ref>[[コンピュータサイエンス]]にとって幸いだったのは、中括弧と山括弧の供給は十分にあったことである。</ref>。しかしその人気のなさにも関わらず、[[LISP]] (現在では “[[Lisp]]”、もしくは“[[Arc]]”と書かれる)は「[[マクロ]]」や「見下し」といった強力なプログラミングテクニックによって影響力ある[[言語]]であり続けている<ref>Verity Stob “[http://www.theregister.co.uk/2006/01/11/exception_handling/ Catch as catch can]”より。</ref>。


== 1959 ==
== 1959 ==
L・ロン・ハバードとの賭に負けた後、グレース・ホッパーとその他数名のサディストたちが[[COBOL]] (Capitalization Of Boilerplate Oriented Language、大文字定型文指向言語)を考案する。後年、ホッパー少将の[[COBOL]]の仕事に対する心得違いの性差別主義者による攻撃として、Rubyカンファレンスで反女性的な素材が使われている。
L・ロン・ハバードとの賭に負けた後、[[グレース・ホッパー]]とその他数名のサディストたちが[[COBOL]] (Capitalization Of Boilerplate Oriented Language、大文字定型文指向言語)を考案する。後年、ホッパー少将の[[COBOL]]の仕事に対する心得違いの性差別主義者による攻撃として、[[Rubyカンファレンス]]で反女性的な素材<ref>http://www.thefword.org.uk/blog/2009/05/women_in_tech_t</ref>が使われている。


== 1964 ==
== 1964 ==
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== 1970 ==
== 1970 ==
[[ガイ・スティール]]と[[ジェラルド・サスマン]]が[[Scheme]]を作る。彼らの仕事は一連の論文「究極のラムダ(Lambda the Ultimate)」シリーズへと繋がり、「究極の台所用品ラムダ」を生み出した。この論文は長期間続いたが結局は失敗に終わった深夜のインフォマーシャルの基礎となった。[[ラムダ]]は広くは知られずにいたが、[[Java]]がそれを持っていなかったため人気を博すようになった。
[[ガイ・スティール]]と[[ジェラルド・サスマン]]が[[Scheme]]を作る。彼らの仕事は一連の論文「究極のラムダ(Lambda the Ultimate<ref>http://lambda-the-ultimate.org/</ref>)」シリーズへと繋がり、「究極の台所用品ラムダ」を生み出した。この論文は長期間続いたが結局は失敗に終わった深夜のインフォマーシャルの基礎となった。[[ラムダ]]は広くは知られずにいたが、[[Java]]がそれを持っていなかったため人気を博すようになった。


== 1970 ==
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== 1980 ==
== 1980 ==
[[アラン・ケイ]]が[[Smalltalk]]を作り、「[[オブジェクト指向]]」という言葉を考案する。その意味を問われた彼は、「[[Smalltalk]]の[[プログラム]]は[[オブジェクト]]だ」と言っている。[[オブジェクト]]は何からできているのかとの問いには「[[オブジェクト]]だ」と答えている。ではその[[オブジェクト]]は何でできているのかと問われ、彼はこう答えている。「ずっと下まで全部[[オブジェクト]]なんだよ。亀に達するまでずっと」
[[アラン・ケイ]]が[[Smalltalk]]を作り、「[[オブジェクト指向]]」という言葉を考案する。その意味を問われた彼は、「[[Smalltalk]]の[[プログラム]]は[[オブジェクト]]だ」と言っている。[[オブジェクト]]は何からできているのかとの問いには「[[オブジェクト]]だ」と答えている。ではその[[オブジェクト]]は何でできているのかと問われ、彼はこう答えている。「ずっと下まで全部[[オブジェクト]]なんだよ。亀に達するまでずっと<ref>http://en.wikipedia.org/wiki/Turtles_all_the_way_down#Origin</ref>」


== 1983 ==
== 1983 ==
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== 1995 ==
== 1995 ==
オーストラリアがモヒカン刈りの戦士とティナ・ターナーの疾走する砂漠になるという漠然とした啓示の実現を回避するため、ユキヒロ・“Mad Matz”・マツモトが[[Ruby]]を作る。この言語は後に本当の作者であるデビッド・ハイネマイヤ・ハンソン(DHH)により[[Ruby on Rails]]と改名された。[MatzがRubyという言語を作ったというくだりは間違いだから次に改訂するときに取った方がいいよ ==
オーストラリアがモヒカン刈りの戦士とティナ・ターナーの疾走する砂漠になるという漠然とした啓示の実現を回避するため、ユキヒロ・“Mad Matz<ref>http://www.madmaxmovies.com/</ref>”・マツモトが[[Ruby]]を作る。この言語は後に本当の作者であるデビッド・ハイネマイヤ・ハンソン(DHH)により[[Ruby on Rails]]と改名された。[MatzがRubyという言語を作ったというくだりは間違いだから次に改訂するときに取った方がいいよ ==
DHH]
DHH]


== 1995 ==
== 1995 ==
[[ブレンダン・アイク]]が[[プログラミング言語]]設計においてかつて犯されたあらゆる誤りを取り上げ、さらにいくつかの誤りを新たに考案し、[[LiveScript]]を作る。後にこの[[言語]]は[[Java]]の人気にあやかるため[[JavaScript]]と改名された。さらにこの言語は皮膚病の人気にあやかるため[[ECMAScript]]と改名された。
[[ブレンダン・アイク]]が[[プログラミング言語]]設計においてかつて犯されたあらゆる誤りを取り上げ、さらにいくつかの誤りを新たに考案し、[[LiveScript]]を作る。後にこの[[言語]]は[[Java]]の人気にあやかるため[[JavaScript]]と改名された。さらにこの言語は皮膚病の人気にあやかるため[[ECMAScript]]と改名された<ref>ECMAScript(通称:ES)と突発性発疹(英語:exanthema subitum、通称:ES)</ref><ref>https://mail.mozilla.org/pipermail/es-discuss/2006-October/000133.html</ref>。


== 1996 ==
== 1996 ==
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== 2003 ==
== 2003 ==
酔っていた[[マーティン・オダースキー]]が、誰かのピーナッツバターが他の人のチョコレートと一緒になるというReese's ピーナッツバターカップの広告を見ていて着想を得、[[オブジェクト指向]]と[[関数型言語]]の両方の要素を統合した[[プログラミング言語]]「[[Scala]]」を作る。これは両方の陣営の怒りを買うことになり、それぞれが直ぐさま聖戦を宣言することとなった。
酔っていた[[マーティン・オーダスキー]]が、誰かのピーナッツバターが他の人のチョコレートと一緒になるというReese's Peanut Butter Cups(リーセス・ピーナツバター・カップス)<ref>http://www.youtube.com/watch?v=DJLDF6qZUX0</ref>の広告を見ていて着想を得、[[オブジェクト指向]]と[[関数型言語]]の両方の要素を統合した[[プログラミング言語]]「[[Scala]]」を作る。これは両方の陣営の怒りを買うことになり、それぞれが直ぐさま聖戦を宣言することとなった。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[Bjarne Stroustrup インタビュー]]
* [[Bjarne Stroustrup インタビュー]]
* [[BSD入門の心得]]
* [[BSD入門の心得]]
* [[週刊実話]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
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* [http://www.aoky.net/articles/james_iry/brief-incomplete-and-mostly-wrong.htm 不完全にしておよそ正しくないプログラミング言語小史 James Iry / 青木靖 訳 2009年5月7日] - 和訳
* [http://www.aoky.net/articles/james_iry/brief-incomplete-and-mostly-wrong.htm 不完全にしておよそ正しくないプログラミング言語小史 James Iry / 青木靖 訳 2009年5月7日] - 和訳


{{stub}}
[[category: プログラミング言語]]
 
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