宗教上の理由

提供: MonoBook
ナビゲーションに移動 検索に移動

宗教上の理由(しゅうきょじょうのりゆう)とは、競合するものが、客観的にみて素晴らしいものであっても、心情的に受けいれられないことをいう。

コンピューターの世界でも「A社の作った機能」が素晴らしくても、宗教上の理由でB社やC社は「負けを認めたくない」ために採用できないことが多々ある。

はるか昔から宗教上の理由により、各種機器の接続端子が乱立したり、ネットワーク・プロトコルが乱立したりという歴史を繰り返してきた。

現在ではUSBBluetoothなどのように「みんなで標準化しよう」という流れが起きやすい土壌になりつつある。それでもMPEG4などのように分裂したりといったことは起きている。

また、GPU界隈では今なおこの傾向は顕著であり、その機能を採用しないだけならまだしも、OpenGLなどのように「類似の拡張機能」が乱立し、「A社とB社で呼び出し方が違う」などという悲惨なことになっているケースも散見される。

一方、Direct3Dは、このような宗教上の理由が問題になることを抑制すべく「マイクロソフトが発表した新機能」として取り込むことを積極的に行っている。